DOCTOR INTERVIEW

ドクターインタビュー

興味の赴くままに、とりあえずやってみる。仕事は楽しまないと

鹿児島県医師協同組合 常務理事
鹿児島県医師会 副会長
大西 浩之先生

Profile
昭和62年鹿児島大学医学部卒業、消化器専門医として鹿児島大学第2内科入局。平成13年 、海江田寛先生と共に「大海クリニック」を開業。平成26年 「大海クリニック」理事長に就任。川内市医師会副会長、日本医師休業共済会常務理事も兼任し、精力的に各地を飛び回る。もっぱらの趣味は 「仕事」だそう

鹿児島ならではの医療現場の特徴がありましたら教えてください。

「鹿児島は在宅医療にしても、往診するのに都会に比べて距離が遠いんです。そういった分野の模範を鹿児島が示さないといけないと思っています。思い切っていろんな事を取り組んでいかなきゃいけない。そして過疎化がまだ進んでない地域に示さないといけないと思うんです。日本の医療が海外に示せる事も多いと思います」。

やわらかな語り口で真摯に話してくれた大西先生

高齢化や自然災害など、日本の医療問題についてはいかがですか?

「高齢化は進んでいきますし、2040年に 85歳以上の人口がピークを迎えます。日本には皆保険という非常に優れた制度やフリーアクセスもありますが、それを残しつつ時代に合った形にシステムから変えていかないといけないと思います。

2024年の能登半島地震ではJMATとして現地に入りました。派遣されたのは5日間で、鹿児島からは13チームを出しました。1日目と5日目が移動日で、5日目に次のチームが来て引き継ぎをするような形で、重なりを作って途切れなく帯になるように派遣を組むんです。そうやって医療で貢献しようと思って行ってるのに、物資を運んでとか、想定外の要望も来るわけです。それを良しとする先生もいれば、そんな事をしに来たんじゃないって言う先生もいるので、ぶつかったりもありました。銘々が自分の考えを述べても統率は取れないから、こういう場面では指揮者に従わないといけないなど学ぶことは多かったです」。

お忙しくされている中で、余暇の楽しみはお持ちですか?

「あまり趣味はなくて、診療や医師会の仕事が楽しくて。午前中診療して、昼から医師会の仕事に行って、週末は医師会とか、医師協、学会で月に2~3回は出張で出てますので。だから移動中に歴史物や小説を読んだりとかね。最近読んだ本では『室町ワンダーランド』(※)が面白かったですね。あとは職員の子どもに勉強の仕方を教えたりしています。塾ではありませんが、中高生を病院に集めて勉強させたり。もう十数年前からやっていて、医療関係に進んでくれた子もいます」。

無償でされているんですか?

「もちろんです。書店で参考書を見るのが趣味でね。新しくいい本がないかと探すのが楽しいです。昔家庭教師をアルバイトでした事があって、最初は最近の参考書はよくできてるな、という興味から。鹿児島市内に来た時は書店で参考書を探してます」。

素晴らしいライフワークです。心に残るエピソードはありますか?

「開業する前、川内に出張で来ていた時の事ですが、重篤な状態で来た高校生が劇症肝炎だったんです。自分では助けられないと思ってすぐ大学病院に紹介したんですよ。その後薩摩川内市に開業して10年目ぐらいで市内の居酒屋に行ったら、そこのお母さんがその高校生の母親で、『大西先生ですよね?』と声をかけてくださったんです。診察してすぐ大学病院を紹介しただけだったのに『あの時先生のお陰で娘は助かって、今は母親になって元気にしています』って言われて。患者さんの親が名前も覚えていて、顔を見て声をかけてくれるなんてびっくりしました。『先生が地元に開業したというのは聞いてました』と」。

患者さんを診るのが好き。
ありがとうと言ってもらえるのがうれしい。

助かったお嬢さんが次に命を繋いでいるというのもすてきです。後進の指導も多いと思いますが、若い医師に伝えたい事はありますか?

「仕事は楽しまないといけないですね。僕は医者の仕事が楽しくて。日曜日であっても患者さんがいると診たくて仕方がない。野球もそうですね。大谷選手はお金のためにやってるんじゃなくて、野球が好きでやっている。患者さんを診て、患者さんが良くなって、ありがとうと言ってもらえるのがうれしいので。それを思ってずっと仕事をしてほしいですね。働き方改革もあり制約が多いですが。うちは元々日曜日も開いてるんですよ。本当は24時間365日開業したかったんですけど。でも日曜日に休むと土曜日に来た患者さんたちが日曜日大丈夫だろうかってすごく気になるので、開けた方が楽なんですよね。最初は医師会と摩擦もありました。日曜日に開けると当番医の患者さんが流れてくるかもしれない。自分としては良い事だと思っていたんですけど、考えが足りなくてそういう摩擦もあるという事を、医師会に入ったお陰でわかりました。ただ、昔は当番医のなり手もありましたが、最近は当番を降りる方も増えてきたので、逆に助かると言われる事が多くなりました」。

当番や災害派遣では専門外の対応もしなければならないですね。

「はい、それがかかりつけ医だと思います。元々が消化器内科で、診療所には循環器の医者も3人いて、内分泌や呼吸器、放射線科もいて、それぞれの専門は高いレベルでできた集合体にはなってますね。専門医がいるから安心だし相談しやすかったりします。あとはCTやMRIなど脳外科でなければないような機器もあるので、診療しやすい環境にはなってると思います。最初は2人だったんですけど、今10人(笑)。2人用の建物だったから、5人目が入りたいと言ってきた時は、隣の畑を買って増築しました。そして9人目で、またもう1つ畑を買って。1つ目の建物と2つ目、3つ目を繋いで列車みたいな建物です(笑)。3人目は僕の後輩で、無床診療所で医師3人っていうのは聞いた事がなかったのですが、やってみたらなんとかなって。4人目は海江田先生の後輩。そんな感じで、行き当たりばったり、その時の流れですね。そのお陰で日曜日も診療所を開けます。医師会の仕事をする前は自分が当番じゃない時も、ほとんど毎週のように日曜日に出ていました。患者さんを診るのが好きだからですね。具合が良くなって『ありがとうございました』って言われるとうれしいですよね」。

今は医師会や医協の仕事もされています。

「興味がすごくあるんですよ。医師会の先生でも専門じゃない領域があるじゃないですか。そうすると手を挙げるわけです。その流れで、新型コロナの担当もしましたが、感染症の専門家ではないので、会議に出てても、感染症専門のナースやドクターが頷いてる単語がわからない。それで感染症の医学書や学生向けの医学書を買って読んで。さらに一般向けの『コロナ』と書いてある本は全部買い漁って、片っぱしから読んで。ようやく半年ぐらいすると、コロナの担当者みたいになってきたんです。ある本屋さんに行って、この店はコロナの本がないなと思ったら、 1週間前に来て全部僕が買ってたんですよ(笑)。まあ、なんでも興味があるので、専門がいない時にはすぐ手を挙げて『僕がします』って。手を挙げてしまえば何とかなる、という考え方です」。

「仕事を楽しむ」という事ですね。

「そうですね。診療所に人を入れる時も医師会の仕事も、とりあえずやってみようって。 結果今も楽しいですよ」。

※『室町ワンダーランド~あなたの知らない 「もうひとつの日本」~』清水克行著/文藝春秋